これは有島武郎の『生まれいずる悩み』の中に出てくる一節です。
『生まれいずる悩み』は北海道のある画家(木田金次郎)がモデルの小説なのですが、その画家の言葉として書かれています。
これは単純にその画家の住んでいるところ(北海道の岩内)が、海だろうと山だろうと絵を描く素材が豊富にあるという、ただそれだけの意味なのかもしれません。
しかし、私はこんな風な意味にとっています。
海を見れば海の絵を描く、山を見れば山の絵を描く。何を描くのかが大切なのではなくて、描くという行為そのものに意味があるんだ。
つまり、
どういう風に生きるのかが大切なのではなくて、生きているというそのこと自体に意味があるんだ
と。
2010年05月07日
2008年12月05日
ぼくの失敗はぼくの引き出しの中にしかない
友部正人という人は歌に対して天賦の才があると思う。
この歌詞は1975年の『誰もぼくの絵を描けないだろう』という曲の中の一節です。
先に書いた田辺茂一の言葉と同じように不退転の心意気が感じられます。
次みたいな歌詞の書ける人が他にいるだろうか。
「ユーゴスラビアの村の音楽を
幼稚園の先生をしている彼女に聞かせたら
運動会にぴったりねって
だからレコードを貸してあげたんだ
とてもよく晴れた日曜日
戦場と幼稚園で同じ曲が流れている」
(「ボスニア・ヘルツェゴビナ」・1994年)
この歌詞は1975年の『誰もぼくの絵を描けないだろう』という曲の中の一節です。
先に書いた田辺茂一の言葉と同じように不退転の心意気が感じられます。
次みたいな歌詞の書ける人が他にいるだろうか。
「ユーゴスラビアの村の音楽を
幼稚園の先生をしている彼女に聞かせたら
運動会にぴったりねって
だからレコードを貸してあげたんだ
とてもよく晴れた日曜日
戦場と幼稚園で同じ曲が流れている」
(「ボスニア・ヘルツェゴビナ」・1994年)
タグ:私の好きな言葉
2008年04月22日
地球をしばらく止めてくれ ぼくはゆっくり映画を観たい
寺山修司という人はあまり好きな人ではないのですけれども、細部の趣味というか細かい考え方が一致することが多いので不思議です。
「地球をしばらく止めてくれ ぼくはゆっくり映画を観たい」という言葉は、その寺山修司の書いた映画論のタイトルです。
記憶だけで書くので勘違いもあるかもしれません。
たしかその本の中だったと思うのですが、太宰治の「葉」の中の次の一節
『ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに考えた。帰ろうかしら。』
を引いて、「太宰とはことごとく意見を異にするが、これだけは意見があう」と書いています。
私は寺山よりは太宰のほうがずっとしっくりくるのですが、この一節にはやはり意見を同じくします。
そういえばこの「葉」の中からは次の部分
『死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目(しまめ)が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。』
を北村想が「怪人二十面相・伝」の中で使っていました。
さて、「地球をしばらく止めてくれ ぼくはゆっくり映画を観たい」の中で一番印象に残っているのは、「シベールの日曜日」のはじめて主人公と少女が出会う場面についての記述です。
主人公が泣いている少女にガラスのカケラを渡します。
主人公「きれいだろ。星のカケラだよ。君にあげるよ」
少女「そんな大切なものもらえないわ」
最後主人公は悲しい結末を迎えるのですが、寺山は、
「ガラスのカケラを星のカケラと思えるような純粋な心の持ち主はこの世界では受け入れられない」
と書いています。
「シベールの日曜日」はほんとうにきれいな映画で、その中でも私の一番好きなシーンを寺山が肯定的に評価していたのをうれしく思いました。
ところで以前深夜放送で「シベールの日曜日」が放映されたことがありました。すると何ということかこのシーンはカットされていました。よりによって何故このシーンをカットしてしまったのか。
この項のタイトルは、
「きれいだろ。星のカケラだよ。君にあげるよ」
でも良かったかもしれません。
なお、私としては次の言葉のほうがしっくりします。
「地球をしばらく止めてくれ ぼくはもっと本を読んでいたいんだ」
「地球をしばらく止めてくれ ぼくはゆっくり映画を観たい」という言葉は、その寺山修司の書いた映画論のタイトルです。
記憶だけで書くので勘違いもあるかもしれません。
たしかその本の中だったと思うのですが、太宰治の「葉」の中の次の一節
『ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに考えた。帰ろうかしら。』
を引いて、「太宰とはことごとく意見を異にするが、これだけは意見があう」と書いています。
私は寺山よりは太宰のほうがずっとしっくりくるのですが、この一節にはやはり意見を同じくします。
そういえばこの「葉」の中からは次の部分
『死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目(しまめ)が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。』
を北村想が「怪人二十面相・伝」の中で使っていました。
さて、「地球をしばらく止めてくれ ぼくはゆっくり映画を観たい」の中で一番印象に残っているのは、「シベールの日曜日」のはじめて主人公と少女が出会う場面についての記述です。
主人公が泣いている少女にガラスのカケラを渡します。
主人公「きれいだろ。星のカケラだよ。君にあげるよ」
少女「そんな大切なものもらえないわ」
最後主人公は悲しい結末を迎えるのですが、寺山は、
「ガラスのカケラを星のカケラと思えるような純粋な心の持ち主はこの世界では受け入れられない」
と書いています。
「シベールの日曜日」はほんとうにきれいな映画で、その中でも私の一番好きなシーンを寺山が肯定的に評価していたのをうれしく思いました。
ところで以前深夜放送で「シベールの日曜日」が放映されたことがありました。すると何ということかこのシーンはカットされていました。よりによって何故このシーンをカットしてしまったのか。
この項のタイトルは、
「きれいだろ。星のカケラだよ。君にあげるよ」
でも良かったかもしれません。
なお、私としては次の言葉のほうがしっくりします。
「地球をしばらく止めてくれ ぼくはもっと本を読んでいたいんだ」
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タグ:私の好きな言葉
2007年06月05日
そりゃぁ何でも時代のせいにしてたら楽だわな
インターネットというのは本当に便利なもので自分のあやふやな記憶を、30年近く前のおぼろな記憶を、トレースすることがある程度可能です。
検索してみるとそれは1980年か1981年のことになるようです。
TBSラジオで土曜日の夜午後9時頃からやっていたのではなかったかと思います。
「ヤングタウン東京・サタデーナイトカーニバル」という番組で、ヤングタウン東京というのはTBSラジオでは内容の変遷を経ながらも長寿の番組だったのですが、そのうちの小室等と吉田拓郎がパーソナリティをしていた時期のことです。
私が高校3年かまたは浪人中のことになります。
当時吉田拓郎がとても好きで、1978年はほとんど活動をせず『ローリング30』というアルバムを出すだけ、1979年は愛知県の篠島という離島でのオールナイトライブ、その後で「今までの歌は全部捨てる」と宣言をしていたちょうどその頃になります。
その「ヤングタウン東京」に田辺茂一という人がゲストとして出演しました。田辺茂一が紀伊國屋書店の社長であることは知っていました。べらんめぇ口調の江戸弁でちょっとうるさそうなおじいさんという印象でした。小室等の好きそうな文化人なのかなと思いました。
番組の中で小室等がこう聞きました。
「炭屋の片隅で始めた本屋が、日本一の本屋になるなんて、そんな時代というのはもう来ないんでしょうねぇ?」
すると田辺茂一はべらんめぇ調で、
「そりゃぁ、おめぇえ、何でも時代のせいにしてりゃぁ、そりゃぁ楽だわな」
26、27年前の記憶です。もしかしたらこれとは大分違ったやりとりだったのかも知れません。四半世紀以上の時間の中で私の心の中で脚色されてしまった記憶かも知れません。
でも今でも頭の中にあのときの口調のままでときどき再生されるんです。
「そりゃぁ、おめぇえ、何でも時代のせいにしてりゃぁ、そりゃぁ楽だわな」
まだまだ柔らかかった私の頭とか心に強く刻まれた言葉です。
それから私は努めて、時代とか社会とか世の中とか会社とか、何かそういうもののせいにすることはすまい、と自分に言い聞かせてきました。
田辺茂一の言葉は、ただただ頭の上から、「甘えてんじゃねぇよ」と叱咤する言葉で、それは言い訳を許してもらえない本質的な言葉ではないかと思っています。
検索してみるとそれは1980年か1981年のことになるようです。
TBSラジオで土曜日の夜午後9時頃からやっていたのではなかったかと思います。
「ヤングタウン東京・サタデーナイトカーニバル」という番組で、ヤングタウン東京というのはTBSラジオでは内容の変遷を経ながらも長寿の番組だったのですが、そのうちの小室等と吉田拓郎がパーソナリティをしていた時期のことです。
私が高校3年かまたは浪人中のことになります。
当時吉田拓郎がとても好きで、1978年はほとんど活動をせず『ローリング30』というアルバムを出すだけ、1979年は愛知県の篠島という離島でのオールナイトライブ、その後で「今までの歌は全部捨てる」と宣言をしていたちょうどその頃になります。
その「ヤングタウン東京」に田辺茂一という人がゲストとして出演しました。田辺茂一が紀伊國屋書店の社長であることは知っていました。べらんめぇ口調の江戸弁でちょっとうるさそうなおじいさんという印象でした。小室等の好きそうな文化人なのかなと思いました。
番組の中で小室等がこう聞きました。
「炭屋の片隅で始めた本屋が、日本一の本屋になるなんて、そんな時代というのはもう来ないんでしょうねぇ?」
すると田辺茂一はべらんめぇ調で、
「そりゃぁ、おめぇえ、何でも時代のせいにしてりゃぁ、そりゃぁ楽だわな」
26、27年前の記憶です。もしかしたらこれとは大分違ったやりとりだったのかも知れません。四半世紀以上の時間の中で私の心の中で脚色されてしまった記憶かも知れません。
でも今でも頭の中にあのときの口調のままでときどき再生されるんです。
「そりゃぁ、おめぇえ、何でも時代のせいにしてりゃぁ、そりゃぁ楽だわな」
まだまだ柔らかかった私の頭とか心に強く刻まれた言葉です。
それから私は努めて、時代とか社会とか世の中とか会社とか、何かそういうもののせいにすることはすまい、と自分に言い聞かせてきました。
田辺茂一の言葉は、ただただ頭の上から、「甘えてんじゃねぇよ」と叱咤する言葉で、それは言い訳を許してもらえない本質的な言葉ではないかと思っています。
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